ギズボーン|Gisborne

マオリ語で「太陽が輝く海岸」という意味の「Tairāwhiti;タイラフィティ」とよばれるギズボーンは、ニュージーランド本土で太陽が最初に輝く場所であり、乾燥した晴天の気候、肥沃な土壌をもち、かつ海岸沿いに位置するため、世界の多くの偉大なワイン生産地の特徴でもある、ブドウ畑に吹き込む冷涼な海風の吹く、ワイン作りに大変恵まれた土地といえます。

この土地に最初にぶどうの木が植えられたとされているのは1850年代半ば。最初は牧師や宣教師によって祭壇への供物としてのワインが作られるようになり、1909年からは嗜好品としてのワインが生産されるようになったと言われています。

1921年、ドイツ移民のフリードリッヒ・ウォンジードラーによって、この地域初の商業ワイナリーが建設されました。1960年ころになるとウォンジードラーの子孫は、それまで主流だった酒精強化ワインにかえて、非発泡のテーブルワインの生産に焦点当て始めることでギズボーンのワイン産業は発展しはじめたと言って過言ではありません。またオークランドやウェリントンの酒類卸業者による資本投下により、この地域のワイン生産量は急増することとなりました。

ギズボーンは1970 年代から 1980 年代半ばまで、成長を続けていた安価なボックスワイン市場向けの、主要なぶどう供給源でした。その後ギズボーンのワイン生産のパイオニアの作り手たちがオーストラリアの有力メーカーを買収するなど、1982年までにはニュージーランド国内最大のワイン生産地と認識されるようになり、国内のワイン産業に多大な貢献をもたらしました。最も評価の高いニュージーランドワインのいくつかにも、ギズボーンのぶどうが大量に使われていましたが、それを公にする企業はほとんどありませんでした。

ギズボーンが、更なる高品質路線に移行したきっかけは、加速する過剰供給と価格競争にたいする政府の介入でした。1906年のVine Pullと呼ばれる政策によりギズボーンのぶどう園は3分の2に減少され、高級ぶどう品種や新しいクローンを輸入して植え始めました。その後管理技術向上にともないボックスワインの領域から、受賞歴のあるワインの生産地へと進化しました。

現在国際的に認められる生産地と認められ、特にシャルドネをはじめとして、白ワインにたいする評価が高く、長年にわたり、シャルドネ、シュナン ブラン、リースリング、ヴィオニエ、アルバリーニョ、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリなど数多くの金メダルを獲得しています。

~https://gisbornewine.co.nz/ の一部を抜粋&翻訳~